第一章 きっかけ

投稿日:2019-06-06 更新日:

私は以前、語学学習のため、中国へ留学していた事があります。

留学するにあたり、なぜ中国語なのか、なぜ収入が安定していた会社員を辞めてまで留学を決行したのか。

ここではこの様な話も織り交ぜながら、私の中国留学のエピソードを記載していきます。

中国語を始めたきっかけ

語学学習といえば、みなさんは何を思い浮かべますか?

やはり一般的に英語のイメージが強いのではないでしょうか。

そして現代社会において、英語力はもはや必須になりつつあります。

しかし残念ながら、私は英語をまったく話せません。

若い頃から勉強しておけば良かったと思いはしますが、どうしてもやる気になりませんでした。

そしてそのまま30歳になった頃…

節目の歳だからでしょうか。たまたまそのような時勢だったのでしょうか。

私は「何か外国語を話せるようになりたい!」と思うようになっていました。

しかし、やはりどうしても英語だけは勉強する気になりませんでした。

常にインパクトを求めていた私にとって「英語が話せる人」と言うのは、あまりにも普通に見えたのかも知れません。(出来ないのに!)

そんな中で「中国語」を選択したのには、いくつか理由があります。

 

中国の歴史

まず一つは、私が若い頃から「中国の歴史」に強い興味を持っていた事が挙げられます。

中国の歴史と言えば、代表的なもので三国時代を描いた「三国志」が有名ですが、他にも「項羽と劉邦」や「水滸伝」など有名な物語がたくさんあります。 

これらの歴史物語はとても魅力的で、知れば知るほど、どんどん惹きつけられていきました。

そして、これら物語に登場してきた場所や建物などを、いずれ見て回りたいと思っていました。

その時に中国語を使えた方が面白いと思った事が、中国語を学習したいと思った理由の一つです。

 

スカイプの存在

もう一つの大きな理由は「スカイプの存在」です。

スカイプは「メッセンジャーツール」の一つで、国内はもちろん、世界各国の人たちとパソコンでチャットや通話・テレビ通話が出来るサービスです。
スカイプ公式サイト

現在ではLINE やFacebookといったツールが多く普及しており、パソコンやスマホを使って世界中の人と簡単にやりとり出来ますが、私が中国語を始めた当時(2007年頃)は、この様な機能を持ったツールは非常に斬新なものでした。スマホも登場したばかりで、ほとんど普及してませんでしたし。

とにかく、当時私はスカイプの存在を知って大いに興奮しました。

「世界中の人たちと無料で会話が出来るなんて!」
(国際電話は気が遠くなるほど高額)

この興味からはじめたこのスカイプが、私と世界をつなげ、ある中国人女性に恋をし、そこから爆発的に中国語を学習 していく事になります。

そうです、私が中国語を始めたきっかけのもう一つは、「スカイプ」と言うより、スカイプを通じて ある中国人に恋をしてしまった事 が大きな理由です。

 

スカイプで広がる世界の輪!

さて、スカイプによって「遠距離恋愛」+「中国語学習」がスタートするワケですが、そのスカイプの存在を教えてくれたのは、会社の同僚Sさんでした。

同僚のSさんが、ある日私に「今スカイプにハマっていて、毎晩中国や韓国の人と話をしている」と話してくれました。

それ聞いた直後の私は「(・_・;?)ホヘ??」な感じでしたが、よくよく聞いてみるとすごく楽しそう!

中国語も韓国語も、何なら英語も話せない彼は、全てインターネットの翻訳機能を利用して海外の方たちと会話をしていたようです。本当に便利な世の中になりました。

世界中の人と毎晩楽しく会話!(翻訳機能でだけど)広がる世界観!広がる人脈!そんな彼の話を聞いて「私もスカイプで世界の人たちと会話がしたい!」と強く思ったのでした。

 

何かを決める時は「何が楽しいか!」を基準に考える

さっそくSさんを見習って、スカイプを使って世界の人たちを話を始めようと思ったのですが、はて、一体誰に話しかけようか…。

ふーむ。

と、ちょっと悩みましたが、よく考えたら意外と簡単な問題でした。

「どうせなら、会話が楽しくて、テンションが上がる人とお話したい!」

これです。非常にシンプルです。

では、私はどんな人との会話が楽しくて、テンションが上がるのでしょうか。

以下、箇条書きで書いてみます。

  1. 綺麗(タイプ)な女性

……

………

スミマセン、1つでした…

要するに、私は タイプの女性と会話が出来れば、楽しくて、テンションが上がる と言う事になります。

ちょっと書きにくい事ではありますが、本当の事なので仕方がない。

とにかく、これで私はどんな人と会話をしたいのかが、ハッキリしました。

では、もっと具体的に考えてみます。私はどのような女性がタイプなのでしょうか。

まず、欧米の女性にはあまり興味がわかないので、こちらは却下。

もちろん非常に綺麗な欧米女性は数多くいらっしゃいますが、タイプの違いとしか言いようがありません…

などと、私の女性のタイプについて考えていると、最終的に私は「東アジアの女性しか興味が持てない」と言う事が判明しました。

「東アジア」の具体的な国名を挙げると

  1. 日本
  2. 中国(香港・マカオ含む)
  3. 台湾
  4. 韓国

などになります。

世界中の人たちと会話をしたい! と言う強い思いがあった為、ここで日本も却下になります。

上記を踏まえると、スカイプでの話し相手探しは中国、台湾、韓国から選ぶことになりますが、外国語学習という点では中国語か韓国語のどちらかを選ぶ事になります。(台湾は中国語なので)

そこで、前述した「中国の歴史」の事もあり、「中国人と話して、中国語を勉強しよう!」となりました。

 

スカイプ会話、スタート!

パソコンにスカイプをインストール 完了、そしてヘッドセットを購入、いよいよスカイプでの会話がスタートです!

会話の相手は中国人(香港、台湾含む)。

とは言っても、当然中国人の友達はいませんから、一から作る必要があります。

と言う事で、中国人女性にスカイプでひたすら声をかけまくるわけですが、さすがに誰でも良いとしてしまうと膨大な人数になってしまいます。

そこで、一つ条件をつける事にしました。

それは「日本語が話せる」中国人女性 と言う条件です。

語学学習するにも、お互いがまったく相手の言葉がわからなければ、言葉の通りお話になりません。

相手が日本語を話せれば、最初はある程度の意思疎通は可能だと思いますし、そもそも、少なくとも日本に興味を持っているはずなので、私への返信確率もあがるであろうメリットもあります。

お互い言葉がわからなくても、Sさんのように全て翻訳機を通して会話も可能だとは思います。しかし、それだとはやりニュアンスは相当変わって来てしまうのではないかと言う懸念が私にはありました。

 

と言う事で、「日本語を話せる」「中国人」「女性」で一斉検索!

検索結果で表示された女性全員にメッセージを送りました。ものすごい数です。それにしても、意外と日本語を話せる中国人女性が多い事にびっくりしました。

メッセージ内容は、興味を持って貰うために日本語で「中国に興味を持ってる日本人です!友達になりましょう!」みたいな文章だったと思います。

すごい数のメッセージを送りましたが、この中で返信があったのは5人。

更にその中でやりとりが続いたのは上海の女性2名と、大連の女性1名でした。

 

毎晩スカイプ… 完全にハマった!

スカイプは文字でのチャットも、音声だけの通話も、WEBカメラを使ってのテレビチャットも可能です。

相手の顔を見ながら電話するって言うのもなかなかテレくさい感じでしたが、中国では普通なんでしょうか? 相手からバンバンテレビチャットをしてきます。

バテレビチャットしてくる相手は、返信のあった内の一人、「上海美人女性」のYさん。

 

私はもう完全にスカイプにハマりました。

 

なんたって家に帰ると、上海美人女性「Yさん」が待っているのです。

ハマり過ぎて毎晩スカイプしました。

スカイプにハマったと言うより、正確には

この子(Yさん)に惚れた!完全に!

と言う方が正解かも知れません。

彼女は大学で日本語を専攻しており、日本語はかなり話せます。

おかげで会話には困りませんでしたが、私の中国語はほとんど上達しませんでした。

 

まぁ… 日本語で普通に会話出来るから、別にいいか…

 

と思っていた矢先、私が 爆発的 に中国語学習を進める事になった出来事が発生します。

 

恋から始まる中国語!

私は完全にYさんにぞっこんでしたが、どうやら彼女を私も気に入ってくれてるようでした。

そんな二人が毎晩、チャットで話しているのです。

「実際に会いたい!」

と思うようになったのは、自然の流れと言えるでしょう。

私はとうとう、初の中国、上海に、彼女に会いに行く決意をしました…

 

初海外で、自分の無力さを知る事に

ほとんど経験のない海外、非常にドキドキしました。

しかし、上海では憧れのあの子が私を待っている!

 

胸は高鳴りました。

 

上海で、初めてYさんと対面した時は、本当に感動したものです。

Yさんは、私を上海のいろいろな場所に連れて行ってくれました。

私の初上海旅行は、Yさんのお陰でバラ色でした。時間を忘れ、二人の時間を過ごしました。

 

と、同時に、非常に複雑な気持ちにもなりました。

 

二人の素晴らしい時間は、日本語を使える彼女のエスコートがあったからこそです。

彼女のエスコートがなければ、英語も話せない私は上海の街を1ミリも楽しめなかったでしょう。

 

私は自分の無力さを強く感じました。

 

自分の力の無さ、私の激しい無力感が、私の感情を爆発させました。

 

「絶対に、中国語を話せるようになってやる!」

 

帰国後、本格的に学習開始

これまでも中国語学習は独学ではやっていましたが、書店で教材を買って来て、自分で勉強していた程度です。

しかし、現地(中国)へ行って初めて気が付きました。

 

「今までの学習方法と学習量では、まったくお話にならない!」

 

きちんとした学校に行って、プロの講師につく必要があると感じ、中国語学校を探しました。

幸い中国語は比較的メジャーな言語なので、学習できる場所はたくさんありました。

そして、週に一度のコースで、私の本格的な中国語学習が始まりました。

やはり学校に行くと違います。

今までは何を基準に、何をどう勉強すれば良いかなどあまり考えず、本に書いてあった事をただ黙々とこなして頂けでしたが、先生がつくと「道しるべ」が示されるので「今なにをすべきか」がわかります。

学校に通う事により、私の中国語学習は弾みがつきました。

とは言え、週に一度、学校の授業でだけの勉強では量がまったく足りません。

むしろ週に一度の学校は、先生に「今のレベルと学習の方向性」を確認に行くための場として活用し、それ以外の日は自分でひたすら勉強しました。

通勤電車で毎日リスニングのMP3を聞き、週末は中国語サークルに入って、同志を作って一緒に勉強。中華料理屋さんでは、中国人の従業員さんに中国語で話しかけたりもしました。

とにかく、日常的に中国語に触れている時間を増やしました。

 

ノリにノってきた中国語学習

熱心に勉強を始めてから7か月が経過。

その頃の私は、完全に調子にのっていました。

かつてない程勉強しましたし、中国人に中国語で話せば「上手~」とおだてられていたからです。

当時の私は「語学学習は、1年やれば話せるようになる」と勝手に思い込んでいたので、猛烈に勉強した7か月は、もうすでにペラペラに話せるレベルだろう…と。

完全に調子にのっていた私は「本場中国で、この中国語を使って会話してみたい!」と思うようになっていきました。

そしてついに、中国(東北地方に位置する中都市「大連」)への一人旅を決行。

恋した彼女がいる上海へ行かなかったのには理由があるのですが、この話は長くなる為また別の機会に…

 

こんなハズでは…

意気揚々と出かけた大連旅行。

しかし結果はまさかの 大惨敗。

絶望的にヘコんで 帰国する事になるとは、出発時は夢にも思いませんでした…

 

大連の空港に到着した時から、私の絶望は始まっていました。

荷物チェックや入管時で中国人職員とやりとりが発生しますが、これがまた 何を言ってるのかさっぱりわからない! のです。

 

焦りました。

 

こんなに勉強したのに… 何を言っているのか全くわからない。

私は自分自身、ものすごくたくさん勉強したと思っていましたが、これの多くは日常会話であった為、専門的な単語をまったくと言っていい程覚えていなかった事が大きな原因だと思います。

それに加え、現地の中国人は相手が外国人だろうと何だろうと関係ありません。

こっちが聞き取れていない何て事がまったく考えず、ガンガンものすごいスピードで話してきます。

単語がわからない上に、ものすごいスピードで話されたらもうお手上げです。

 

帰国してから気が付きました。

 

日本在住の中国人は、我々に ものすごく気を使って中国語を話してくれていた んだな…と。

彼らが日常的なスピードで私と中国語会話をしていたら、私はほとんど聞き取れず、会話になっていなかったでしょう。

彼らは私の中国語レベルを汲み取って、それに合わせて会話してくれてたんだと思います。

そう思うと、おだてられてウカれてた自分が急に恥ずかしくなりました…

 

「とにかく言葉が聞き取れない」

「スピードにもついていけない」

大連滞在中はほとんどこんな感じでした。

 

「自分の中国語がいかにスゴイか」を確かめに行ったハズの中国旅行で、

「自分の中国語がほとんど初心者」と言う事実を確認する為の旅になってしまいました。

 

ほぼ廃人の日々

大連から帰ってからは、中国語学習に身が入らなくなってしまいました。

受けたショックが大きすぎました。

 

「あんなに勉強したのに…」

 

週に一度の中国語学校は惰性で続けていましたが、それ以外の勉強はせず、ただ週に一度学校にいくだけ。

こんな状況で中国語が上達するはずありません。

しかし、ショックのあまり勉強する気が起きず、その後しばらくただダラダラと中国語学校に通うだけの日々を送っていました。

 

そんなある日…

 

情熱のアルゼンチンタンゴ

突然話は変わるのですが、実は私、中国語学習を始めたとほぼ同時期に「アルゼンチンタンゴ」と言う踊りも趣味で始めていました。

 

この趣味ではじめたアルゼンチンタンゴも、中国語と同じく私の人生を大きく変えた「非常に重要なコンテンツ」と言えます。

 

ですが、「アルゼンチンタンゴの魅力とは何か」「なぜアルゼンチンタンゴなのか」など、語りたい事はものすごくたくさんあるのですが、ここではとても書ききれないので、このお話もまた別の機会で紹介出来ればと思います。

 

さて、大連旅行で打ちのめされ、中国語学習に関しては完全無気力状態で過ごしていた私ですが、このアルゼンチンタンゴは今まで通り続けていました。

タンゴでは幅広い交友関係があり、一緒に飲みにいったりする仲間も多くいました。

 

その仲間数人と飲みに行った時の話です。

 

なんと、仲間の一人が中国(上海)に仕事で行った時、タンゴ会場を見つけ踊って来たと言うのです。

 

上海に、アルゼンチンタンゴ会場がある。

 

この事実が私の胸を強く打ちました。

情熱的にのめり込んだ「中国語」と「アルゼンチンタンゴ」。この二つを同時に堪能できる場所が…。

何故かはわかりませんが、私はその時、スランプに陥った中国語を「上海のアルゼンチンタンゴが解決してくれる」…様な気がしていました。

 

いざ、上海タンゴ旅行!

タンゴ仲間を誘い、上海タンゴをみんなで踊りに行こうと言う事になりました。

 

上海タンゴ旅行です。

 

鼓動が高まりました。

 

何か、トキメキに近いものがありました。

 

普通に海外旅行と言うだけでもテンションは上がりますが、今回は私がスカイプで恋した女性「Yさん」も居る思い出の場所でもあります。さらにアルゼンチンタンゴは、この時点では中国語よりも熱くなっていた趣味です。私のテンションはピークに達していました。

 

上海のアルゼンチンタンゴ

我々はインターネットの情報を頼りに、上海のアルゼンチンタンゴ会場へと向かいました。

場所は上海の「浦東地区」、外国人が多く住んでいる高級地域です。

上海タンゴ会場はこの浦東地区にあるの五つ星ホテル「裕景大飯店(THE ETON HOTEL)」の1F・2F。

超高級ホテルのスペースを使ってアルゼンチンタンゴだなんて!日本ではとても考えられません。

中の造りも非常に素晴らしい、そして広い!

まさにアルゼンチンタンゴを踊る為に作られた、他では類を見ない超贅沢空間。と言う感じでした。

このタンゴ会場 "TANGO BANG" のオーナーは、台湾人夫婦の「チャールズ」「ビビアン」が二人で経営しており、日本から来た我々を熱烈に歓迎してくれました。

上海TANGO BANGに踊りに来ている人は多種多様で、上海人はもちろん、香港人や台湾人などの華人も多く、欧米の人たちもたくさん踊りにきていました。さすがは国際都市、上海。

ここに踊りに来ている「上海のタンゴ仲間達」も本当に気のいい人達ばかりでした。

お酒を飲みながら彼らと交流し、タンゴを踊り、この夢のような世界「上海タンゴ」に私は完全に魅了され…。

 

帰国、そして決意

帰りの飛行機の中からずっと、心は上海タンゴが頭から離れませんでした。

またすぐにでも上海に行きたい、上海でタンゴを踊りたい…!

心はもうすでに上海に向かっていました。

周りの人達や、会社の人たちへ「会社を辞めて中国へ行く」為の言い訳を考えはじめていました。

 

「会社を辞めて、上海へ留学しよう… もう行くしかない。行かずにはいられない!」

 

上海旅行から帰った私は、いても立ってもいられなくなり、数ヶ月後には中国への留学を決行していました。

 

留学中の出来事等については、次章「留学生活」で詳しく記載致します。

※第二章 留学生活(…現在執筆中)

 

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