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3.無錫 "江南大学" 留学

投稿日:2015-01-03 更新日:

無錫甲南大学留学

前回の記事:エピソード2「留学決意」

 

留学準備

さて、前項で中国留学を決意した私でありますが、これから外国で生活する事になるのでいろいろと準備が必要です。

 

まず、会社を辞めなければいけないので、会社の上司にその旨を伝えました。

上司は「1年なら休職にしても良い」と言ってくれましたが、自分に逃げ場を作る事で語学学習に集中出来ないような気がして、ここはキッパリと辞退しました。

この留学については、いろいろな期待やワクワクはもちろんありますが、やはり本題は「語学学習」、ここがおろそかになってしまっては膨大なお金と時間を使う意味がなくなってしまいます。

 

とにかく仕事を辞めてまで中国語をマスターしようとしているのです、失敗は許されません。

 

さて、中国に留学すると言っても、中国大陸はものすごく広いです。

日本人留学生を受け入れてくれる学校も山ほどあり、場所選びが最初の問題となります。

 

いったい何を基準に留学先を決めるべきなのか。

それは人それぞれ優先順位が異なると思うので、現在留学を検討している方は 「何が自分にとって重要か」 をじっくり考えて決めて欲しいと思います。

 

ざっと考えられる条件はこんなところでしょうか。

  • 金額(学費・寮費)
  • クラスの数(レベルが何段階あるか)
  • 日本人の数
  • 地域(北方・南方など)

 

金額

金額はもちろん安い方が良いですが、他に譲れない条件があれば金額を上げてでもその条件にある学校を探すでしょう。でも自分の出せる金額に上限があります。そこのバランスがなかなか難しく、どこかで妥協しなければならない事があるかも知れません。

 

クラスの数(レベルが何段階あるか)

クラスの数はあたりまえですが、多ければ多いほうが自分に合ったレベルを探しやすいので良いです。

 

日本人の数

日本人の数は、あまり多いと日常での中国語会話が減るので学習環境として良いとは言えませんが、少なければ少ないで寂しい気もします。

 

地域(北方・南方など)

地域は、北方に住む人の方が言葉が綺麗なので、ハルピンあたりに留学先を決める方も結構多いみたいです。
しかし、現地人の中国語があまり美しすぎるのは良いとは思えません。

なぜかと言うと、非常に綺麗な標準語を話す中国人は少ないので、あまり綺麗な発音で聞き慣れてしまうと、南方や西方の人の言葉を聞き取れなくなりそうだからです。

 

 

上記は私の考えです。ですが条件や考え方は人それぞれですから、現在留学を検討されている方は、一番ご自身にあったプランを検討して下さい。

 

私の留学における第一条件は「地域」でした。

前回の記事でも書きましたが、私の留学は 「上海のアルゼンチンタンゴ」 の要素が非常に大きかったので、最初は上海で学校を探しました。

 

しかし・・・ 調べてみてわかったのですが、首都である「北京」と、同等かそれ以上の大都市「上海」学費と寮費がベラボーに高いのです。

 

上海のアルゼンチンタンゴが留学先の第一条件でしたので、まずは上海での留学を検討しましたが、上海市にある大学は私の許容範囲を超える金額でしたので、残念ながらこれは断念しました。

 

結果、上海近郊地域の学校に行くことになったのですが、それが私の留学先となる「江南大学」です。

江南大学は江蘇省の無錫市にある大学です。

 

無錫は「小上海」と呼ばれる程上海に似ていて、実際上海からもほど近く、規模も上海を小ぶりにしたような中都市。

街の規模としても申し分はありません。

また、無錫には超巨大な大仏「霊山大仏」や、時代劇や映画撮影などで使われるテーマパーク「三国城」など有名な観光地があります。

 

移動に関しては、上海まで新幹線で1時間半と言う距離で、週末を使えば上海へも通えそうです。

 

新幹線と言うと日本では高額なイメージがありますが、中国の交通機関はめちゃくちゃ安いです。

「無錫ー上海」間は距離にして約150Km、日本で言うところの「東京ー静岡」間くらいでしょうか。

調べてみると、日本の新幹線の場合、同等の距離で約6000円。

中国の新幹線だと日本円にして約600円(2009年当時)。

実に10倍の開きがあります。

 

「上海に留学した場合の学費・寮費」と、「無錫から上海に毎週末通う金額(上海での宿泊を含む)」を計算したところ、後者の方が全然安い事が判明しました。

 

よって 留学先は "無錫江南大学" に決定 しました。

 

学校が決まれば後は書面での手続きです。これまた非常に面倒な作業なのですが、仕事を完全に終えてから出発までだいぶ期間があったおかげでかなりスムーズに出来ました。

留学は私にとって初めてと言う事もあり、心配もかなりあったので仲介業者に手配をお願いしたのも大きかったと思います。

中国大使館が割りと家から近く(麻布)にあったのも大いに助かりました。

 

 

いざ、現地へ出発!

さて、とうとう出発の日がやってきました。

 

私はかなりいろんな事にビビっていたので、始業式は9月1日なのに、8月28日に出発する予定をたてました。

 

・28日に上海到着、中国に慣れる為ここで二泊
・30日上海から無錫へ移動、学校に慣れる為30日と31日を学校で過ごし、授業開始の9月1日を迎える

 

と言うプランです。

 

この様に実際ビビってかなり前から中国大陸に上陸したワケですが、はっきり言ってほとんど意味なかったです(汗)

これから留学しようとしている方は、前日到着でも全く問題ないと思って大丈夫です。

かなりビビって早めの到着を目指すにしても、2日前で十分です。私は上海入りしてからかなり時間を持て余しました・・・。

 

さて話を戻して、留学先の江南大学へ到着したところから続けますね。

 

授業開始の二日前の到着になりましたが、寮のおばちゃんは暖かく迎えてくれました。

部屋番号を聞いて入室、いよいよ新たな人生の始まりです。胸が躍ります!

 

この日は授業開始の二日前、新しい留学生は珍しいはずなのですが、私より更に前日、すなわち授業開始の3日前にこの寮に到着したツワモノを発見しました。

 

詳細は後述しますが、彼は私よりもだいぶ若い青年で、後に私の中国語学習、さらには無錫での生活を左右する程、私にとって極めて重要になった人物です。

彼の名前はゴンピン。
(※彼の名前を中国語で発音すると「ゴンピン」になるので、そう呼んでいます)

 

私の留学生活に最も影響を与えた人物 "ゴンピン" 氏との出会い

ゴンピンは数年前にも中国留学を経験しており、この時点で既に高レベルの中国語能力を有していました。

彼のこの時点での中国語の能力が、私にとって非常に大きな意味を持つことになりました。

 

留学は学校に住込みとなるので、当然いろいろな準備が必要になります。

日用品や、生活必需品とも言える携帯電話の購入や、寮費や電気代などの支払い方法も説明を受けなければなりません。

 

これらは全て中国語で行われるので、留学生にとって最初の大きな難関になるハズですが、この時の私には既にゴンピンと仲良くなっていた為、これらの問題に困る事はありませんでした。

 

ほぼ彼の通訳によって事なきを得たからです。

 

彼の助けが非常に有難かったのは間違いないのですが、この時私の心には相当な "焦り" が生まれました。

 

なにせ、留学初日に出会った留学仲間が、既に中国語ペラペラレベルなのです

 

留学経験者といえども、自分と同じ時期に留学を開始する日本人仲間の一人に違いはありません。

そんな男が既に中国語ペラペラレベルで、しかも 「まだ語学力が足りない」 とばかりに再度留学をしに来たのです。

 

自分の中国語は本当に大丈夫なのか?? 

 

と言う焦りが自分の中でどんどん大きくなっていきました。

勢いで仕事を辞めて中国まで渡って来たものの、まったく中国語をモノに出来ず帰国するハメにはならないか??

何故かわからないのですが、目の前にいる男の中国語レベルが、自分をそんな不安な気持ちにさせました。

それと同時に強いライバル心も芽生えました。

 

ゴンピンの中国語レベルは確かにすごく高いのですが、しばらく一緒に行動してみると「中国人と間違われるレベル」と言うまでにはまだ到達していないのではないかと感じるようになりました。

それならば、現時点のゴンピンレベルは軽く越えていかなければ話になりません。

自分はそんなに若くもないし、留学中勉強出来る時間も限られているのです。

 

私はこの時点で 「まずはこの男のレベルに到達しなければお話にならない」 と心の中で自分を奮い立たせたのでした。

 

人にはいろいろな運命があると思いますが、私にとってこのタイミングでゴンピンに出会えたのは、私の中国語学習(主に精神面)にとってまさに運命の出会いだったと思います。

 

自分よりも遥か高い位置にいる男が、更に上を目指して登ろうとしている。

そんな彼を遥か下から追いかけなければならない状況です。

 

普通のスピードでは絶対に追いつきません。

 

私の留学生活において、これほどまで死に物狂いで勉強に励んだ背景には、この様な事情がありました。

 

実際、彼の存在が私自身の中国語学習の目標であり、原動力となったのは間違いありません。

 

後日談になりますが、ゴンピンも私の存在が自己の中国語学習において大きな存在だったと語っています。

そう言う意味でも、私達の出会いは本当に運命だったのかも知れません。

 

さて、次回の記事ではゴンピンを含む他の留学生達との学習の様子を記載していきます。

 

次の記事:エピソード4 留学生活(学習編)

4.留学生活(学習編)

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