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2.留学決意

投稿日:2015-01-02 更新日:

留学決意

前回の記事:エピソード1「中国語学習のきっかけ」

 

独学からの学習スタート

中国語を勉強しようと思い始めはしましたが、まだその時は「学校で勉強する」と言う概念はなく、書店で学習書を買って家でやる程度でした。

 

しかしながら、発音にだけはかなり気をつけました。

 

どうせやるなら、最終的に中国人に間違われるレベルにまでなりたい!

 

と、学習開始当初から思っていたからです。

 

もちろん、自分がそのレベルまで到達出来るかはわかりません。

しかし、スタート時点で「会話が通じればそれで良い」と言うような低い目標設定をしてしまうと、逆に「会話の通じるレベルに到達出来るかどうかも怪しい」と考え、目標値をあえて高く設定したのです。

 

ようするに、現地人レベルを目指してやれば 「どんなに成績が悪くても日常会話くらいはマスター出来るようになるだろう」 と言う考え方です。

 

それに、日本でもいろんな外国人が一生懸命日本語で話しをしてくれますが、たどたどしい口調で話されるとこちらも申し訳ない気持ちになり、逆に気を使ってしまいます。(私は英語がまったく出来ないので・・・)

 

私が中国人と中国語で会話をするなら、そんな気は使われたくありません。

学習当時から発音に気を付けていたのはそんな理由からです。「発音が重要」と言われる中国語では、綺麗な発音が出来れば会話している相手に気を使わせずに済みます。

 

 

独学の限界を感じ、週に一度の中国語学校へ

中国語を独学で初めて2~3ヶ月してから、SKYPEで知り合った上海の彼女に会いにもいきました。

 

これが私の初の中国旅行でした。

 

彼女はつきっきりで上海を案内してくれました。

 

初めて行った中国は、もちろん文化も習慣も違うのでだいぶカルチャーショックを受けましたが、日本語堪能な美人の彼女が案内してくれたお陰で旅行自体は非常に楽しめました。

しかし、今まで以上に「言葉を何とかせねば!」と思いました。

それは、当時の私の中国語は2~3ヶ月の独学レベルで、当然現地で使い物になるハズもなく、、、彼女に全て委ねている自分が情けなく思えたからかも知れません。

 

そんなワケで帰国後、一念発起! 週に一度ですが、中国語の学校へ通う事にしました。

 

やはりちゃんとした指導者に講義を受けるのと、まったくの素人が独学でやるのとでは質も速度も全然違います。

しかも、グループレッスンで他の仲間もいて、ライバル意識が芽生えるのも大きいと思います。

それに、もちろんお金を払っているので、何とか習得しなければと言う思いも強くなります。

 

しかし、毎日先生に付くと言うのは経済的、すなわち費用対効果は高くありません。
(※参考記事:「学習スタイル」の話

 

先生に見てもらうのは週に一度か二度で十分、勝負はそれ以外、授業のない日をどの様に過ごすか、というのが非常に重要です。

 

 

学校以外での勉強

私の学習における実施メニューは以下箇条にしますと

  • 通勤時間は全て以下の様に中国語学習に使う
    • 教材のCDを聞いてリスニングの練習
    • 頭に浮かんだ独り言を中国語に翻訳する
    • 上記ニ項目で出た自分の知らない単語を調べ、暗記する
  • 土日はどちらか、または両方中国語交流会や授業に参加する
  • 外食時はなるべく中華料理屋にはいり、頑張って中国人従業員に中国語で話しかける

 

の様になり、とにかく日常的に中国語に触れている事が重要だと考え、行動していました。

「普段から中国語に触れる時間を作る」「できれば直接中国人と会話する機会を作る」

こうして私の中国語はメキメキ上達していった・・・

 

かに見えました。

 

が、しかし

 

実際はそれほど上達していなかったと言う事を、後に思い知らされる事になります。

 

 

想像以上にハードルの高かった「現地人との会話」

週に一度の学校や、中華料理屋の店員との会話、これらの学習法はもちろん効果はあり、私の中国語のレベルはどんどん上がっていたのだとは思いますが、学校の先生や、日本で働いている中国人はそもそも日本人と会話をする事に慣れているので、非常に会話がしやすいのです。

こちらのつたない中国語を相当に汲み取って、会話をしてくれていたのでしょう。

その為、私は学習を始めて8か月が経過した頃、普通に「中国語で日常会話が出来るレベルに到達した」と思い込むようになっていました。

そうです、思い込みです。

自分の中国語レベルに対する勘違いにより「もう日常会話は問題ない!」自分の実力を過信した私は、無謀にも中国へ腕試しの旅へ行ってみる事にしました。

実際のところ、外国語学習経験の全くなかった私は

「外国語なんて1年もやれば皆べらべらに喋れるようになる」と思い込んでいたので、「自分はかなり頑張った勉強を8ヶ月もしたので、日常会話はもうマスターした!」

と完全に勘違いを起こしてしまったのも無理はないのかも知れません。

 

実際、周りが外国人だらけで日本語を使えないような環境ならまだしも、普通に日本で生活していて、数ヶ月の勉強でべらべらになるなんて到底ありえません。

そんな事も知らない私は大連(中国の東北地方の一都市)へ一人向かいました。

 

この旅は本当に参りました・・・。

 

現地の中国人とほとんど会話にならないのです。

現地に行ってわかったのは、日本にいる中国人が、どれだけ丁寧に、温かい目で我々と接してくれていたかと言う事です。

現地の中国人は、外国人に会話で手加減をしません。

 

と言うより、外国人だろうが何だろうが、「中国語が話せるのはあたりまえ」と言うスタンスで会話してきます。

彼らは、外国人相手でもゆっくり話したり、相手が自分の言葉を理解していないとわかっても、簡単な言葉に言い換えたりしません。

恐らく、そもそも「中国語が話せない人」と言う概念がないのではないでしょうか。

 

さらに問題なのは、こちらも少しですが中国語を学習しているので「こちらの要求は相手に伝える事が出来る」事にあります。

ここで問題になってくるのは私の「発音」です。

前項で記載していますが、私はとにかくスタートからこの中国語の発音にこだわってきました。

その為「発音だけ」先に上達してしまい、「リスニング能力が自分の発音レベルに追いつかない」と言う奇妙な状態になってしまったのです。

自分の言いたい事は相手に伝わりますが、相手の返事がほとんど聞き取れない、または理解出来ないんです。

相手の言ってる事が良くわからないので「もう一回お願いします」と言うと、相手は怒って声はデカくなるし、口調も更に速くなり、まくしたてるように喋ってくるので余計聞き取れなくなると言う悪循環がかなり発生しました。

大連の旅行では、終始この状態でした。

 

気分としては最悪です。なんと言っても、自分では「結構出来る」と思って実施した「中国語の腕試し」の旅だったのに、ほとんど会話すら出来ない状態なのです。

決心こそまだしていませんでしたが、はじめに「留学」の二文字が頭に浮かんだの恐らくこの時だと思います。

 

 

中国留学を決意させた「上海のアルゼンチンタンゴ」

帰国後、このショックもあってか、中国語学習にあまり力が入らなくなりました。

日常の中国語学習サイクルは変えずに頑張りましたが、勉強を続けても何だか上達している気がしないのです。

 

しかし、ここで私の人生を大きく左右するイベントが発生します。

 

学習を始めてから2年が経過しようとしていたその時、趣味の「アルゼンチンタンゴ」の仲の良い仲間で「上海へタンゴを踊りに行こう!」と言う事になったのです。

 

中国語とアルゼンチンタンゴ、趣味の両方を満喫出来る素晴らしい機会です。

 

「アルゼンチンタンゴ」は「フラメンコ」とよく間違えられますが、一人でも踊れるフラメンコとは違い、アルゼンチンタンゴは男女のペアダンスです。

日本だと社交ダンスをイメージして貰えば大きな間違いはないと思います。

 

この仲間達で行った上海タンゴツアー。 これがまた非常に素晴らしく楽しいものでした。

レベル不十分とは言え、今まで勉強してきた中国語が使える喜び、中国人ならではの気さくで明るい、和気あいあいとした雰囲気でのアルゼンチンタンゴ。さらに後にめちゃくちゃお世話になる台湾人夫婦と知り合いになれたのも非常に大きかったと思います。

この台湾人夫婦の詳細は後述しますが、上海でアルゼンチンタンゴのレッスンやパーティーを開催している「アルゼンチンタンゴのオーガナイザー」です。

 

当時狂ったようにハマっていた中国語とアルゼンチンタンゴ、この2つを兼ね備えた上海の地、この仲間と来た上海タンゴツアーは「日本を離れ、ここに住みたい!」と私の意識を決定づけた大きなイベントとなりました。

 

上海タンゴツアーを終え帰国した私は、その事ばかり考えるようになりました。

 

仮に中国で生活をする事になった場合、選択肢は以下

  • 語学留学
  • 現地で就職
  • 長期旅行

などがあると思いますが、当時の私の場合「語学留学」しか考えられません。

そこで中国留学について調べてみる事にしました。

どうやら、向こうの学校は9月からスタートするので、9月に入学するのが一般的のようです。

 

現在6月、当時の仕事は、私が関わっていたプロジェクトが7月いっぱいで終了する事が決まっていました。

これは工期とか納期とかはなく、物理的に終了するプロジェクトだったので、延期はありえません。

 

7月にプロジェクトが終了する・・・

 

留学のスタートは9月・・・

 

(;゚Д゚)

 

これはもう行くしかない!!

 

 

・・・いやいやちょっと落ち着こう。

 

当時の私、34歳。 この歳で仕事を辞めて本当に大丈夫なのだろうか。と言う不安もよぎります。

 

・・・と言うことで転職サイトをいくつか調査。

 

ビックリする事に、転職サイトに掲載されているSEの募集欄では、年齢のところに「35歳まで」と書かれた募集がほとんど!
(※現在では法律が変わって、人事募集で年齢の制限を設ける事は出来なくなりました)

 

35歳まで転職可・・・ 今の私34歳・・・ 1年留学して、帰国して35歳・・・

 

(;゚Д゚)

 

再び もうこれは行くしかない!!!

 

 

ここまで来ると、もう仕事を辞めて留学しろと誰かが言ってるようにしか思えません。なにせ

 

・中国語をマスター出来る可能性がグンと上がる
・仕事を辞めて留学しても、帰国後の再就職に希望が持てる
・素晴らしい上海のタンゴに触れられる
それより何より楽しそう!!

 

そして私は留学の決意を固め、職場の上司に報告したのでした。

 

次の記事で留学先の選定から、現地に到着し就学までを記載していきます。

 

次の記事:エピソード3 江蘇省無錫市 “江南大学” 留学

3.無錫 "江南大学" 留学

 

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